千葉地方裁判所 昭和60年(行ウ)9号 判決 1986年1月20日
原告 伊藤芳治
被告 地方公務員災害補償基金千葉県支部長
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五八年九月二日付けで原告に対して行なつた療養補償請求書不受理決定処分のうち、昭和五四年七月一七日から昭和五六年三月三〇日までの療養補償請求書不受理決定部分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、千葉県立成東高等学校の主任警備員であるが、昭和五四年七月一一日、同校事務室の上窓を施錠中、床に転落して左膝部打撲の傷害を受け、同年七月一七日から昭和五七年八月三一日までの間医院に通院して加療し、その間の昭和五四年九月八日、被告から右負傷は公務上の災害であるとの認定を受けた。
2 そこで、原告は被告に対し、昭和五八年三月二八日付をもつて当該加療に要した費用にかかる療養補償請求書を堤出(被告受付日は昭和五八年四月一九日)したが、被告は、同年九月二日付をもつて、昭和五四年七月一七日から昭和五六年四月一八日までの療養補償請求書について、地方公務員災害補償法(以下、法という。)六三条に基づき、補償を受ける権利が時効によつて消滅したことを理由として不受理の決定(以下、本件決定という。)をし、そのころ、その旨を原告に通知した。
3 原告は、本件決定を不服として、昭和五八年一〇月二七日、地方公務員災害補償基金千葉県支部審査会(以下、支部審査会という。)に審査請求をしたところ、支部審査会は、昭和五九年七月四日、これを棄却する旨の裁決をした。これに対し、原告は、同年八月二三日地方公務員災害補償基金審査会(以下、審査会という。)に再審査請求をし、審査会は、昭和六〇年五月一四日、本件決定及び右支部審査会の裁決のうち、昭和五六年三月三一日から同年四月一八日までの間に原告が受療した費用にかかる部分を取消し、その余の部分についての再審査請求を棄却する旨の裁決をし、そのころ、その旨を原告に通知した。
4 しかしながら、本件決定には消滅時効の起算日を請求人が療養補償請求に必要な医師の証明書を受取つた日の翌日とするべきところを療養費用の支払義務が確定した日の翌日と解して昭和五四年七月一七日から昭和五六年三月三〇日までの療養補償請求書を不受理にした違法があるから本件決定のうち、同期間中に原告が受療した費用にかかる部分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実は認める。
三 被告の主張
療養補償請求権の法六三条の消滅時効は、民法一六六条一項の規定により療養費用の支払義務が確定した日の翌日から進行すると解するを正当とするからこれと同旨の審査会の裁決は、相当であり、従つて、また、本件決定のうち、右裁決で維持された昭和五四年七月一七日から昭和五六年三月三〇日までに原告が受療した費用にかかる部分については、格別の違法はない。
四 被告の主張に対する答弁
被告の主張は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、療養補償請求権の時効について判断する。
1 法六三条によれば、補償を受ける権利は、二年間行なわないときは、時効によつて消滅するとしているが、その消滅時効の起算日については、民法一六六条一項の適用を受け、同規定によれば、権利を行使することを得る時から消滅時効が進行することとされているから、療養補償請求権の消滅時効の起算日は、原告の療養費用支払義務が確定し、原告において療養補償請求権の行使が可能となつた時と解するを相当とし、以後消滅時効が進行すると解するべきである。
2 ところで、原本の存在及び成立に争いのない甲第五、第八、第九及び第一一号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和五四年七月一七日から山武郡成東町津辺の古川医院において治療を受け、治療日ごとに当該治療代金を同医院に支払つていたことが認められ、この事実によれば、原告は、右の治療代金を支払つた日ごとに原告の療養費用の支払義務が確定し、原告において療養補償請求権の行使が可能になつたということができ、法六四条によれば期間の計算につき民法の期間の計算に関する規定が準用されているから右の各療養補償請求権の消滅時効の起算日はそれぞれ右権利を行使することが可能となつた右の各治療代金の支払日の翌日ということになり、療養補償請求権の消滅時効の起算日を療養請求者が療養補償請求に必要な医師の証明書を受取つたときとする原告の主張は採用できない。
3 そして、前掲証拠によれば、原告は、昭和五八年三月三〇日、昭和五四年七月一七日から昭和五七年八月三一日までの間における各月分の被告に対する療養補償請求書を補償請求にかかる事務を担当する職員が配置されている千葉県教育庁福利課宛に成東郵便局から発送したこと、右請求書がいつ千葉県教育庁福利課に届いたかは不明であるが、千葉県総務部総務課の担当者の手もとには同年四月一九日に届いたこと、審査会は、右請求書が千葉県教育庁福利課に届いた日をもつて、原告から療養補償請求のあつた日と認めるべきであるとし、その日を原告が右請求書を成東郵便局から発送した翌日の三月三一日と認めたうえ、原告の療養補償請求権の消滅時効は、原告の療養費支払義務が確定した各治療代金の支払日(治療日)から進行するとして同日(昭和五八年三月三一日)までに既に療養補償請求権の消滅時効期間である二年が経過した昭和五四年七月一七日から昭和五六年三月三〇日までの請求分は、時効により消滅しているが、昭和五六年三月三一日から同年四月一八日までの療養補償請求権は未だ消滅していないとして、原告の昭和五四年七月一七日から昭和五六年四月一八日までの療養補償請求書全部の不受理決定処分をした本件決定及びこれを維持して原告の審査請求を棄却した支部審査会の裁決のうち、昭和五六年三月三一日から同年四月一八日までの療養補償請求書不受理決定処分を取消し、その余の部分については本件決定及び支部審査会の裁決を維持して再審査請求を棄却したことが認められ、これらの事実によれば、原告の療養補償請求権の時効消滅の点についての審査会の右判断には格別の違法はない。
三 よつて、本件決定のうち、昭和五四年七月一七日から昭和五六年三月三〇日までに原告が受療した費用にかかる部分の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原島克己 円井義弘 小野洋一)